国の重要文化財であり、広島の観光地にもなっている世界平和記念聖堂です。
この聖堂は、被爆者の慰霊と世界平和を祈る聖堂で、被爆者であるラサール神父様の、原爆で焼け野が原になったこの地に世界の恒久平和を祈願する聖堂を建設しようという呼びかけに、カトリック信者をはじめとする多くの方々が賛同して、集まった寄付により建設されたんですね。
聖堂は1954年の完成で村野藤吾氏の設計によるものです。
この聖堂はカトリック教会の中でも、ローマ教皇が訪れたことのある聖堂のひとつという、世界の中でも数少ない聖堂として重要な位置づけとなっています。そしてまた、中国地方の「カテドラル」という、宣教や司牧の中心としての役目も持っているんですね。
この聖堂の見どころ
世界平和記念聖堂の場所は、薬研堀通りから北へ進み、エリザベト音楽大学の隣、幟町小学校の前で、道路にそって教会の正門があります。
敷地に入ると、正面にすぐに聖堂入口が見えます。そこには、日本建築で言う「欄間(らんま)」のスペースに彫刻が施されているんですね。彫刻はすべて圓鍔勝三氏の作品で、写真の正面から見える5つと、左右両横に1つづつの計7つあります。
この彫刻ですが、カトリック教会における7種類の「秘跡」がひとつひとつ表されているんですね。秘跡というのはキリスト教に馴染みない方はあまり耳にしない言葉ですが、簡単にいえばイエス・キリストに由来する恵みのことです。
ちなみに、写真に見える左から順に、ゆるし、堅信、叙階、洗礼、聖体を表していて、両横には婚姻、そして病者の塗油の彫刻があります。
この聖堂の外壁は、不揃いの灰色の煉瓦で積み上げられているんですね。聖堂周囲には、外壁が目の前に見える場所がたくさんありますので、すぐに聖堂に入らずに、まずは外側を見てください。
煉瓦は、主に太田川から採取された被爆土で造られています。よく見ると、レンガを造ることも、積み上げもすべて手作業で行われていることがわかります。
聖堂はレンガ造りの洋式建築で造られているんですが、いたるところに和の要素、特に松竹梅や桜のデザインが取り入れられているんですね。写真の鐘塔や聖堂の窓のデザインを見ると、とても面白いです。
聖堂内部です。基本的に昼間の時間は自由に出入りできます。日曜日などの休日には結婚式や宗教行事が多くあるのですが、その際にも別に気にせず聖堂に入っても、別に咎められることはありません。ただ、あくまでも聖堂ですので静粛ですよ。
聖堂後ろ側にあるパイプオルガンです。ドイツのケルン市から寄贈されたもので、建設当時、日本ではパイプオルガンは大変珍しいものでした。現在でもこれだけの規模のオルガンは、どこに行っても、なかなか見ることができません。
パイプオルガンは、その音色を聞くだけでも大変価値があります。聞きたい方は日曜日午前9時半からのミサ聖祭や、主に日曜日の午後に行われる結婚式に自由に入ることができますので訪れてみてください。(注、結婚式は時期によって行われない場合もあります)また、原則として毎月第1日曜日の午後4時から演奏会が行われています。
キリスト教の中でもカトリックの聖堂には、どこの聖堂でもキリスト像が貼り付けられた十字架があり、また、キリストの体とされるパンの入った聖櫃とともに、そこにパンがあることを示す灯りがあるんですね。信徒が訪問した時にいつでもキリストの側で祈ることができるようにされているんです。
ところが、この世界平和記念聖堂の大きな聖堂には、このどちらもありません。
実はこの聖堂、正面から入って一番後ろの左側に、もうひとつ小さな聖堂があるんですね。十字架と聖櫃はそこに置かれています。
聖堂前には1981年に当時の教皇ヨハネ・パウロ2世が平和公園で平和アピールを発表したことを記念して建てられたローマ教皇像があります。ローマ法王はその際に世界平和記念聖堂にも立ち寄られたんですね。
実は、下のGoogleMapで見ていただくと分かるのですが、聖堂手前には入口玄関を囲むように堀のようになった池があるんですね。しかし、ここには水が入っていないんです。ここにはローマ教皇が訪れる前までは、水が張られていて鯉が泳いでいたのですが、国賓であるローマ教皇が訪れるにあたり、警察から警備のために水を抜くようにと言われ、それ以来池ではなくなったのだそうです。
世界平和記念聖堂・カトリック幟町教会
住所 広島市中区幟町4-42
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